合格(うか)るが勝ち

合格(うか)るが勝ちとは思っていない東大生凡人ブロガーが、東大生にしかわからない東大事情や受験情報について書き記すブログ

凡人が東大に合格してからの話を書いてみる

 

前回の記事では、凡人の私が東大に合格するまでの話を書いてみました。(以下の記事です。おそらく私がどの程度の凡人なのかわかってもらえると思います。)

今回はこれの続編として、凡人の私が東大に合格してからの話を書いてみます。

www.asuka-ukaru.com

 

自律ってなんだっけ…?

 

東大に合格してからいくつかのSNSをのアカウントを作り、スマホを頻繁に確認するようになりました。(これは無限に時間を吸われますね)。さらに初めての恋愛、初めての肉体労働(当時は接客系のバイトをしていました)。

 

学校で授業を受けている時間は高校時代までとそんなに変わらないなかで、これらの新しいことが次々と押し寄せてくるわけです。受験生時代の私って、どうやって勉強時間を確保していたんだっけ…?

 

もちろんこれは、全ての大学生に当てはまるわけではありませんが、受験生時代に上記のことを経験していなければそのぶん、私のように壁にぶつかる可能性はあると思います。

一方で、東大の友人のなかには、Twitterで1時間に50回以上つぶやきながらも同時並行で勉強もきちんと進められる人もいて(おそらく受験生時代からそうしていたのでしょう)、当時の私はその器用さに驚かされました。

 

さらには、勉強に目的意識がなくなってしまいました。受験生時代だったら、勉強すれば成績が上がり、東大に入るという目標に近づきます。でも大学生が勉強しても、就職で有利になるわけではありません(ありません!)。大学からさらに進学して研究者になれるほど能力が高いわけではないことにはすぐに気づいたので、試験で頑張る理由がなくなってしまいました。

 

というわけで、勉強は「ほぼ趣味」状態になっていたのですが(ある意味で東大生らしいとも言える)、ここでも高校時代まで「趣味」がなかったことが災いしたのか、一つのことをとことん突き詰めることが苦手で、色々な分野に興味を持って少し勉強しては忘れ、を繰り返していました。

 

精神疲労は現代病…?

 

東大に入ってもう1つ感じたのは、精神的に疲れている人が多いこと。もちろん普段の生活では明るく振る舞っている人が多数なのですが、SNSでの振る舞いや、1対1で話しているときのふとした一言で、その人が背負う「闇」を垣間見ることがあります。

 

例えば東大生でも、多浪経験や留年経験があると、それを負い目として背負い続ける人は多くいます。プライドが高いからではなく、勉強以外に自分を支えるものがなかったゆえに自尊心が低く、どこか自分の価値を見出せないような。

www.asuka-ukaru.com

 

浪人・留年経験がなくても、東大入学後に超進学校出身の人間との差を感じて同様に闇を抱える人もいますし、単に親元から距離的にも精神的にも自立するにあたって、コンプレックスが表面化する人もいるように感じます。

www.asuka-ukaru.com

逆に、もし彼らが巷で東大生の典型とされる「プライドの高いだけ」の人間だったら、実力が伴っていなくてもプライドだけで自信をもって突っ走っていけるのでしょうけど。(勿論そういう東大生も一部います)。

 

もっとも、その精神的疲労を「闇」と表現しネタにしていた大学1、2年の頃は、自分の人生経験が少なかっただけで、自らも精神崩壊(もどき)を経験してからは、そんな「闇」を誰もが隠し持っているものかもしれないとも感じるようになりました。

つまり、東大生であることも凡人であることも関係なく、現代病とでも言うべきものなんでしょうか。SNSで常に互いに監視しあい、画一的な競争社会で常に上を目指さなければならないプレッシャーがあるなかで、単に自分らしく生きたいだけの人種は、どう生きていけば良いんでしょうね。

 

www.asuka-ukaru.com

  

東大受験では「合格(うか)るが勝ち」?

 

 

もし「頭の良い順」「賢い順」に東大合格者が決まるのであれば、絶対に私は入学できていなかったと思います。「たまたま東大入試当日にとった点数順」に合格者が決まったからこそ、いま私は東大生としてキャンパスに通っているのです。

(頭が良くても、たまたま勉強に打ち込む環境にいなかった人や、初めから他の大学を志望する人、東大入試で点数がとれなかっただけの人ももちろん多くいますから。)

 

受験生時代の私は、ある意味でそのことを利用していました。つまり、「凡人でも、東大入試当日に点数がとれれば勝ち」と思っていたのです。

東大を目指していま勉強を頑張っている受験生の中にも、同じように考えている人はたくさんいると思います。(そもそもこのブログでは、やり方を間違えなければ凡人でも東大に合格できるような勉強法を紹介していますからね。)

 

というわけで、「合格(うか)るが勝ち」というブログタイトルは、(凡人か否かはともかく、)受験生時代の私と同じように考えている受験生に響きやすいと考えて決めました。

 

「合格(うか)るが勝ち」と思っている受験生へ

 

 

受験生が、東大合格を果たすために「合格(うか)るが勝ち」と思うのは、否定しません。(かつての私もそうでしたし)。ただ、それは非常に狭い視野でしか世の中を捉えられていないことも、同時に意識しておくべきだと思います。

 

つまり、巷でよく言われるような「東大に合格すれば人生安泰」というのは、幻想に過ぎないということ。「結婚すれば幸せになれる」と同じ、幻想です。結婚しても3割はいつか離婚するし、夫婦仲が悪くて苦しむ人だって大勢います。

 

それに、私が何度も言うように、東大生だからと言って、頭が良いとも限りません。単に入試当日の試験でたまたま良い点数をとっただけの人です。東大生(東大卒)というだけでちやほやしてくる女子大生も多くいるので、勘違いしちゃう人もいるのですが、胸を張れるような実績は何一つ残していないです。

 

 

東大生に求められること

 

文系東大生なら、卒業後は弁護士か、官僚か、有名一流大企業で出世コースに乗ることを期待されます(理系も状況としてはさほど変わらないです)。これにそぐわない、自分の望む、「やりたいことベース」の生き方は、封印せざるを得ないかもしれません。

 

私は正直に言えば、出世したいとも、お金持ちになりたいとも一度として思ったことはありません。自分の興味のある勉強をしていたら東大に合格していた、ただそれだけのことだったと思います。(様々な仕事で出世を目指して努力されている方のなかには、こんな東大生に不快感を持たれる方もいるかもしれませんが、お許しください。)

社会にとって少しでも役に立てればと思って、(ときに東大生の間では「社会の奴隷」と呼ばれる)官僚を目指していた時期もありましたが、実力が伴わなかったみたいです(苦笑)。

 

出世欲も物欲もない私がなぜ東大にきたか、いま考えてみると、それは単なる承認欲求だったのかもしれません。不器用だしトロいけど、勉強だったらなんとかなりそうだから、東大に入れば努力を認めてもらえそうだから。高校の授業中に内職しているような生徒だったので、東大に合格して自分の勉強法の正しさを証明したいという思いもあったと思います。

 

そんな思いで東大に来ても、周囲は私たちに更なる期待をかけるだけで、その期待から、競争から、逃れることは永遠に難しく、社会の波に溺れそうになりながら、もがき続けるしかないのだろうと思います。

 

www.asuka-ukaru.com

 

 

おわりに:このブログをやっている理由

 

東大に入学して以降、自分の平凡さを実感するたびに、そのぶん周りの環境がいかに恵まれていたのかを痛感しました。(幼い頃からパズルが好きだったおかげで最低限度の思考力があったこと、東大からそう遠くない地域に住んでいたこと、金銭的に塾に通う余裕があったこと、超進学校に通う東大志望の友人がいたこと、など…)。

 

平凡な自分がそんな環境・境遇のおかげで(もちろん努力もしましたが)東大に合格できたのであれば、その逆パターンがあることも想像に難くありません。本当はこのような周りの環境・境遇によって不公平が生じることは望ましくないのですが…。(私がかつて官僚を目指していた理由はこのあたりにもありました。)

 

でも、現代にはネットというツールがあります。東大から遠くに住んでいても、東大の情報を得やすくなりましたし、塾に通わなくても、どんな勉強法をすれば実力を上げることができるのかも分かります。東大合格者がどの時期にどんな勉強をしていたのかを知れば、モチベーションも維持しやすいでしょう。

このように、ネットというツールを利用して、東大に合格するだけの実力がある全国の受験生の勉強の一助になれればという思いで、いまブログをやっています。

 

というわけで、東大生が自分語りをしてみました。

このブログでは引き続き、東大の学生生活や受験勉強法などを掲載していきますので、他の記事もぜひご覧ください!

また、記事下もしくは左側サイドバーにある「東大生ブログランキング」のボタンもポチっとお願いします!

 

www.asuka-ukaru.com

www.asuka-ukaru.com

www.asuka-ukaru.com